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ストリートサーキットの意義.
自動車は競争するために発明されたのではない。人や物を移動させるために作られたのである。移動という実際的な用途があるからそのスピードを競いたい、あるいは操縦技術を追求したいという欲求が起こる(註1)。だから自動車が速さを競う場所は、その本来の役割である人や物の移動のために自動車が走るべき場所が望ましい。また自動車は移動の自由を最大限に実現するため、走る場所をなるべく選ばないことが望まれる。だから自動車が競争する場所も限定されるべきではない(註2)。公道レース(或は仮設コースでのレース)は自動車の競争の本来あるべき姿である。
しかし自動車の速さの追求を恒常的に続けるためには、一時的にしか存在しない仮設コースしか無くては具合が悪い。必要なときいつでも競技やテストができる常設コースが必要である。つまり仮設のストリートサーキット等と常設サーキットとは、補完的な関係にあると言えよう。ところが日本をはじめ、常設サーキットでしか自動車レースが行われていない国がある。たとえそのような形態ではあっても、自動車競技が行なわれている事には大きな意義があるのだが、しかし一種奇形的な状態とは言えないだろうか。
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註1.
純粋なレーシングカーの存在意義を否定しているのではない。例えば昔、もし馬が交通手段でなかったならば、単に競馬の道具として馬が家畜化されることはなかっただろう。同様に、交通手段としての自動車が無ければ、競争のみを目的とした自動車も作られることはなかったと思われる。
註2.
この理想を直接的に具体化しているのがラリーであろう。本来ラリーとレースの違いは競技方法の違いであって、走る場所の違いではない。レースの車もみんな土の上を走るべきとは言わないが(走っても面白いが)、舗装されたところに限っても様々な場所がある筈である。
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